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観光地 網走刑務所
網走市内の観光地<建造物編>

網走市は、「我らが見つけた土地」「入り口の地」「弊場のある島」など意味は定まっていませんが、アイヌ語で「アパシリ」といわれていたことが由来となっています。

網走市は、オホーツク総合振興局東部に位置していてオホーツク海に面しています。そんな網走市には、歴史的建造物が少ないです。

ここでは、網走市の歴史的建造物を紹介します。

 

最果ての監獄!極悪人からも恐れられていた、網走刑務所 正門

網走刑務所は博物館です。明治以来使用されてきた、網走監獄の歴史的建造物を天都山へ移築したか、再現して昭和58年の7月に開館したと言われています。

網走刑務所は観光スポットとして高い評価を得ていて、毎年多くの人が観光に訪れます。

「赤レンガ門」とも呼ばれている正門は、最果ての監獄として恐れられた網走刑務所の象徴とも言えます。

大正11年に建築され、現在の網走刑務所は昭和58年に再現されたものです。使用されているレンガは、窯の中に塩を入れ、塩が分解する1,160度以上の高温で焼きあがるという特殊な製法によって作られています。今の時代では、その製法を行うことができないため、とても貴重なレンガとなっています。

網走刑務所で見学できるおすすめスポットをいくつか紹介します。

休泊所

受刑者が北海道の開拓作業に従事させられていた頃、泊まりがけで刑務所の外にでて作業していたと言われています。その時に寝泊まりしていた場所が休泊所でした。工事の進行に伴い、解体と移動を繰り返していた風景から「動く監獄」とも呼ばれていたそうです。

教誨堂

教誨堂は、明治45年に当時の受刑者によって建てられており、国から有形文化財に登録されています。「ここは神仏の宿る家」として精魂込めて建築されたと言われています。受刑者に対して精神面の教導した場所であり、スポーツや演芸を行う場所でもあり憩いの場として使われていました。

五翼放射状舎房

五翼放射状舎房は、明治45年に建築されました。看守の数が少人数でも監視できるように、中央見張りを中心に雑居房・独居房のある舎房が、5方向に設置されていることがこの名前の由来となっているそうです。明治時代の監獄の様子を完全に再現している建物は、とても貴重な存在であり、国から有形文化財に登録されています。

浴場

浴場は受刑者にとって、食事と同じくらい楽しみにしていたことといえるでしょう。浴場の内部には、マネキンが設置されていて、当時の様子を再現しています。号令によって厳しい制限がされていた状況が見てわかるようになっています。
 

和洋折衷建築が特徴的な永専寺山門(旧網走監獄正門)

明治22年に僧侶永法専は、未開地の布教のために網走市へ行きました。そして翌年に網走刑務所の教誨師を務めた後に、「慈恵院」を開設しました。

永専寺山門は、網走刑務所の規正門が完成した後の大正13年に緑の深い永泉寺に山門として払い下げられたと言われています。

入母屋瓦葺きの武家屋敷長屋門の正面中央に、くさび形をつけた大アーチや、両脇のドーム屋根を架けた番所などが特徴的で、和洋折衷建築をしています。
 

楽しめるのは展示品だけじゃない!網走市立郷土博物館

網走市立郷土博物館は、皇太子殿下御誕生日記念事業として建設された博物館です。初代館長を勤めた木村喜男衛が発掘したモロヨ具塚出土品を中心として展示しています。

建築家である田上義也が設計を手がけており、階段室の小窓にあった幾何学模様のステンドグラスや展示室の緩やかな勾配天井に師であるF.L.ライトの影響があると言われています。

正面2階の円柱や壁面のブロック型による力強さは、1930年代の作品に特徴的な「雪国的造形」が表現されています。
 

おわりに

歴史的建造物が比較的少ない北海道網走市ですが、毎年多くの観光客が訪れる観光スポットでもあります。中でも、網走刑務所はとても人気を集めている観光地です。興味を持ったという方は、ぜひ一度足を運んでみてはいかがでしょうか。

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